許しえないもの

読売新聞 解説欄 2014年7月8日付け

許しとは、許しえないものを無条件で許すことだ、と論じた哲学者ジャック・デリダを思い出した。20年前に起きた松本サリン事件で妻を失い、犯人視の被害も受けた河野義行さん(64)が長野支局員の取材に応じ、オウム真理教の死刑囚に会った感想を語っている。

「普通の人よりちょっと真面目かなという印象。彼らには『組織の正義』があったのでしょう。でも、自分はそういうことをやらないと言い切れるのか」
妻を奪った教団を憎み続けてもおかしくない河野さんがたどり着いたその思いに、父親を水俣病で亡くした同年代の漁師、緒方正人さんの言葉が重なる。

「チッソが毒を流し続けて、儲かって儲かって仕方がない時代に、自分がチッソの一労働者あるいは幹部であったとしたらと考えてみると、同じことをしなかったとは言い切れない」(『チッソは私であった』)

患者たちによる運動から離脱、自身の患者認定申請も取り下げた緒方さんは、心身を病みながらある結論を得る。製品があふれ、システムで動くこの社会・時代の中で、自分たちは「もう一人のチッソ」だと。

河野さんも緒方さんも、想像を絶する苦しみを耐え抜き、考え抜いた。愛する者を奪われた怒りと、愛する者を奪った憎むべき者と同じ社会に属している自分の正体について。デリダのいう〈許しえないものを許す〉が可能なのか、私にはいまだに謎だ。ただ、憎悪の魔力から遠ざかり、同じ人間として「許しえないもの」と向き合った者だけが得られる解があるらしい。それだけは分かる。

「目には目を、歯には歯を」「やられたらやり返す」という考え方はある意味簡単なのかもしれません。
そういった次元から、いかに事件の奥底に潜んでいる社会全体のひずみにまで考えが行き届かせることができるか。
しかもそれが自分の身に降りかかってきたとしても、同じように考えられることは簡単なことではありません。
しかしこのような考え方は全てにおいて共通する、たどり着くべきところなように思います。

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